侵 食          Aug. 2009

 

自然は繁殖力を持つ動植物の争いに日々暮れている。

強い繁殖力と適応力を持つものが生き残る世界。

純潔で繁殖力が乏しく環境の適応力に乏しいものは衰退する定めにあるのがこの地球という環境のようだ。 

 

 いくら取り除いても、こぼれ種で復活してゆくものと、少しの温度や日照不足で死滅するものまで、環境は弱いものに過酷で強いものはさらに旺盛になって、弱いものの住み処までも脅かしてゆく。強いからと、思慮あさく放たれたものは環境にとって害になる可能性が非常に高いものだ。

 

 ゴルフ場の場合、ティフトンをベント芝の管理に不安を持っていたころ、関西でコースにばら撒かれた時期があった。その後、今になっても多くのコースでティフトンの除去をしている。もう30年以上も前のことだが、未だに消えない。その繁殖力は日本芝(高麗芝やノシバ)をはるかに凌ぎ、とってもとってもいつの間にか広がっている。

  スズメノカタビラという雑草がグリーンに入った後には、その除去にどれほどコースメンテナンスでは苦労を強いられることか。ちなみに海外ではそのカタビラをメインに取り入れたグリーンも少なくない。ペブルビーチGCはそれがメインとなっている。  

ハワイなどに見られるシーショア=パスパラムという芝(スズメノヒエ属)もはじめは雑草だったのだが、あまりの繁殖力に目を向けた研究者がゴルフコースに取り入れ、品種改良も進み、現在ハワイなどでは多くのコースで使われている。ちなみに沖縄でもそれを使ったコースがある。しかし、ティフトンとパスパラムはスポーツターフとしてのタッチの差が多くあるため、好みは二分するところ。

 

 我が家の庭にも幾つかの繁殖力の強いものがある。

特に、ハーブ系の植物やセダム系の植物は根が少しでも残っていれば一見とりのぞいたつもりでもいつの間にか、存在をアピールしてくる。ペット動物として海外から持ち込まれたものによう日本の環境への害は、語るまでもない状況。いろんなところで害を及ぼしている。

 

 世の中は、良いものはなかなか育ちにくく、あっという間に数的劣勢に瀕する。

一方、害を及ぼすものはいくらでも繁殖や増殖を繰り返してしまう。

やっかいな世界としか言いようがない。

いかに良いものかいなか、それがどれほど尊い存在になることかは、それが害を及ぼしだし、旺盛な繁殖をし始めてから始めて分かるものだ。 今も弱肉強食の中で、繊細な美しさを讃える全てのものは危機に瀕している。 一見して、便利だから、楽しいから、綺麗だからと言ってすぐに飛びつくのは、その後で困った問題を生みかねないといって良いのではないだろうか?

 

 弱いものはいいものをどこかに持っていると逆説的に言えるのかもしれない。

弱い子供は、根気よく育てると立派な大人になり、心の繊細なガラスの心を持つ子供はどこか、秀でた感性を持っているともいえる。いつも仕事に失敗し、上司にばかだちょんだと言われながら、文句も言わず地道にがんばるサラリーマンはどこかでどえらい成果を上げる可能性を秘めている。

   

 昨日電車の中で夏坂健さんの本を読んでいたらこんな一説があったのでご紹介する。

  

『さあ、みんなでゴルフ狂になりましょう。このゲームはおぼれるほどおくが深く、沢山叩くほど人生が豊かになります。また、打数に比例して思いでも増えるものです。ヘボだからといって恥じてはいけません。むしろ自分の腕を自慢する人こそ恥ずべき存在、スコア自慢は見苦しい限りです。ゴルフはハンデによって誰もが平等のゲーム、当倶楽部では愛称だけで呼び合って、地位、肩書きは無用に願います。』

 

 これは、1894年アーサー・バルフォアがR&Aのキャプテンに就任した際の初めの挨拶の言葉。1902年からイギリス首相でもあった彼のモットーは『私の人生の理想は、多く読み少なく書き、沢山プレーすること』だそうだ。

『騎士達の1番ホール』より

 

 ゴルフをしていると、人間性が出る。侵食してもらいたくないのは、打数をごまかすパートナーとスコアを自慢するにわかシングル。やたらでかい声でマナーの悪いプレーヤー。それと、同伴競技者のプレーに何の関心も持たず、一人でさっさか行ってしまう奴。しかし、尊敬に値するジェントルマンに出会った時、ゴルフは言い知れぬ喜びに変わってゆく。

上手い下手は全く関係なくなり、時の経つのも忘れ幸せが舞い降りてくる。

それがゴルフの魅力だとおもう。そんなムードがゴルフコースにもっと多く侵食してもらいたいと願うばかりである。